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Jun Setomoto Story [・・・with]

「デザインと私」...with design

「デザインと私」...with design 「建築と私」...with architects 「ひとと私」...with your life 「神戸と私」...with KOBE 「生きている意味のあかしとしてのデザイン」

1.風土、歴史がつくり上げた神戸のDNA

幕末から明治にかけて神戸は異国文化に触発されて、神戸独自のユニークなハイカラ文化を生み出した。この文化は今なお神戸のDNAとして続いている。
はるか昔からの過去は、私たちの心性の中で決して死に絶えてはいない。
心の中にかすかにつぶやき続けているものがある。
日本という風土と歴史、そして神戸の中で結成された因縁、DNAのために、現在の生活の中にも、どうしても抵抗できない、生理的・身体的な喜びや快感、きもち良さ、楽しさ、なつかしさを感じる時がある。
たとえば精度の高い職人の技による質感の手触り、なんとも言えない微妙なうっすらと照らす明るさ、木や紙、布、水など身体と一体化できるような素材のなつかしさ、風がかもし出す空気のにおいや音・・・。

身体で感じるさまざまな経験の中に、どうしても抵抗できないもの、つまり生きている意味のあかしのようなものを確認することができる。

あかしはサイン、そして デ は~の元におく。
デザインとは「生きている意味のあかし」の表現に他ならない。

2.デザイン都市の目指すもの

生きている意味のあかしを確認できる ものや空間、情感をつくり出していくことが望まれている中、身体に働きかけることでよりよく身体の中身、すなわち心を導くことができる。

デザイン都市・神戸が目指すのは、デザインや音楽や芸術は、生活と切れ目なく連続していることを互いに確認し合い、どうしても抵抗できない喜びや楽しさ、なつかしさなどに焦点をあてることで、日々の生活の行動が、そんなデザイン・音楽・芸術から触発されて、アイデアを引き出せるようになることが大きな望みである。

3.絶対概念としてのわび、さび、もえ

ここで言う、「どうしても抵抗できないもの」は、絶対概念のデザインである。
他のものとの比較ができないような、差異を論じるようなデザインではないということである。
ここ数年の間に、その絶対概念としての日本のよさを見直す研究が盛んに行われるようになってきた。その勢いに、強いものを感じている。
戦後特に自己否定を行ってきた日本にとって、とてもよい時代にやっと入ったのかも知れない。世界を知ることは大切なこととしても、もう世界に合わすのをやめようという時代になってきたと言える。異国文化を受け入れ、触発し合い、独自の文化を生み出してきた神戸についてもこのことは重要である。
比類なきもの、完成度の高いもの、自然主義のわび・さび・もえ、融合触発から生まれた、ここにしかないものが再び世界に影響を与えようとしている。

  • わび ―
    簡素でわびしく落ち着いた風趣
  • さび ―
    落ち着いて、やすらぎのある静寂。にぎやかさの中にも静けさの中にもさびはある
  • もえ ―
    芽が出る。心にきざす。焦がれる。自分の中にも多様な人々の中にもある。興奮感情の連射のような、脳内アドレナリンが放出されているような、自己のインサイトを揺さぶるような
4.ジャポニズムと神戸イズム

かつて1867年のパリ万博以来、日本の文化はフランスの印象派の画家たちをはじめとして、広く世界に影響を与えていった。ジャポニズムという言葉に代表される芸術運動は、アート・建築のみならずライフスタイルにも及んでいった。 ~ イズムという思想言語に国の名がついているのは他に例がない。

当時の日本文化は、とても完成度が高く、他と比べることができないものであった。その概念を英語やヨーロッパなどの言葉に置きかえるのも困難であった。
つまり絶対概念のアートであり、デザインであり、文化だった。

渡辺京二氏の手による「逝きし世の面影」という本では、江戸末期から明治の中頃までに日本に訪れた、多くのいわゆる異国人がしるした日記などを検証しながら、いかに日本がすばらしい国であったかを浮き彫りにしている。

少しは良くない面があったとしても、やはり他の国とは比べることのできない豊かな国であると言わざるを得ない日本の姿が、さまざまな言葉とスケッチで紹介されている。

景色の優美さ、魅力的な態度、礼儀正しさ、庭の美しさ、こまごまとした飾り物の美しさ、色彩の好みはしぶくて品がいい、ひと目で中を見通せる町屋の住居、美しい食器・道具類、人々の生活と心の開放性、共同体にいることによる相互扶助。
住みやすくするための社会的合意が生活を楽しいものにしている。

まちの風景は芝居のセットのようだが多様で活気がある。店のうしろはものづくりの職人の仕事場、通りは創造の展示場、社会的生産の場であった。そのような職人のありようと風流は、ひとつの比類ない文明である・・・。
人生の意義は四季の景色や循環する宇宙生命の中に自分が組み込まれていることによって完結する生にあり、それを日本人はよしとした。
同時に「人情のわきまえ」の連帯が文化をつくり出し、いつも陽気に、見た目によいものを求めながら自分を深めていくという姿が描かれている。

この世界こそが、たとえ封建社会の中にあったとしても、すばらしい絶対概念の社会だったということである。比較できない完成された、言葉にもあらわしにくい、アフォーダンスもダイバーシティもあったのかと思わせるこのジャポニズムが、現在再びこの世界のクリエーターたちから注目されている。
そして他の都市とは異なる、神戸独自の神戸イズムにもスポットライトを当てるのが、デザイン都市・神戸のポイントになる。

5.かつて神戸はデザインの都であった

神戸にも古くから庶民の生活にも関係している豊かな歴史があった。

日本書紀にもしるされている有馬温泉、奈良時代からの大輪田の泊、平安末期の福原の都、905年の古今和歌集や、1000年頃完成した源氏物語以来、多くの文人の憧れの地であった。源氏物語は京の都の人間関係に疲れた光源氏が、須磨でわび、さびの生活を送る物語であるが、江戸時代の旅行ブームの時に多くの人が須磨でのバーチャルな歴史の舞台を訪ねている。

もちろん源平や大南公の古戦場めぐりも人気が高かった。芭蕉もそんな旅人の一人。

鎌倉時代から兵庫の津と呼ばれた港、そして江戸時代末期には江戸で飲まれる酒の6割が灘酒だったことなど、幕末の開港前の神戸には、明治以降の異国文化と融合・触発して、ハイカラ文化、エキゾチック文化を生み出す、すばらしい土壌が用意されていたと言える。月刊神戸っ子にはじめて日本人が家族同様に考えていた牛の肉を食した様子が描かれていたが、そのおいしさに抵抗できずにいろんな神戸の食文化が花開いたところにも、神戸のユニークさが認められる。

6.デザインに感応する

たとえば建築において、自然と親しむ、自然を中に引き込む、室内と庭を一体化させる、まちに対して開く、通りと建物の間に井戸端会議空間、風の通り道、光の通り道、軽妙、遊びの心 等々、現代建築のありようは昔からの日本の住宅の母より影響を受けている。

テレビのコマーシャルにつかわれている場の設定に、どうしても抵抗できない、なつかしい空間を見ることができるのも、そんな流れの中にあると考えられる。
アニメ・マンガについては作者の思いを変えることなく世界中に出て行っているし、女性歩きをする感情移入されたロボットは今のままでも比類なきものである。

接した瞬間から身体感覚やイメージが温かくふくらんでいき、見えない細部まで想いのこもった仕事、丁寧な仕事にみんなが感応する。いいものをつくっている職人は働き方、生き方が違うはずだろう。これと人々の作品に対する感応がまちを変え、世界を変えていくことにつながるというのがデザイン都市の意義である。

日々の生活と切れ目なく連続していることを再度確認し合いたい。

7.シナジー効果が神戸スタイルを

デザインを生み出すための生活者の「もえ」発見は、クリエーターと生活者の触発のしあいの中にある。人に問うというのは、とても創造的な行為なのだ。
生きている意味のあかしづくり、生活の意味づくりのデザインはゼロから生み出すのではない。だれもがもっているどうしても抵抗できないものをさぐりながら、ニーズの細かいところまで気を配って、触発のしあいから生まれる。
シナジー効果である。神戸においても、ここから独自の神戸スタイルとも言える魅力が生まれてくる。
神戸には無限にかくれた楽しいところがあるが、職人芸術的な界隈も面白い。 トアウエスト、乙仲通、キャップハウス、リフォープ西元町、新開地アートビレッジ、新しくできたTEN TEN・・・。
あらゆるアートや芸術のクリエーター達のコミュニケーションの場は他都市よりもかなり活発で数多く存在している。各企業やお店の中にもある。
神戸人が巻きおこすクリエイティブな風が、原動力になり、一人ひとりと関係するシナジー効果を生み出し、神戸スタイルの魅力を生み出し、とりこになっていく。

8.子供の時からデザインを

かつて日本の小さい子供たちは、お母さんやお姉ちゃんの背中におんぶをされて、肌の温かさを感じながら、同じ目線の高さでうしろからその仕事を、社会を見ていた。なぜおんぶがすっかりなくなってしまったのかわからないが、小さいながらも、自然に生活、人生、まちを感じていたに違いない。

こんな目線で「生きる意味のあかし(デザイン)」を教えていきたいものである。

教育も含めて、対話や参加型のあらゆるデザイン活動をバックアップしていく場とか環境を整えていかなければならない。クリエーターや職人を応援し、デザインコンペティションなどを応援する。地場の店舗や商店街、産業を生かし、育て、応援する。

このような市民サイドから盛り上げていく場づくり、雰囲気づくりがとても重要となる。

どうしても抵抗できない喜び、快感、気持ち良さ、楽しさ、なつかしさを追求しながら、神戸流の生きている意味のあかしを確認できる情景をみんなでつくり出していきたいものである。

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